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誉田史跡公園 〔薄田隼人正兼相の墓(すすきだはやとのしょうかねすけのはか)〕

所在地:羽曳野市誉田7丁目
交通:近鉄バス、誉田中学校前下車東へ徒歩5分


 元和(げんな)元年(1615)、大坂夏の陣の際、徳川家康らの軍勢が攻める大坂城で、秀頼(ひでより)とその母、淀殿は自害し豊臣氏は滅びました。このとき、誉田、藤井寺市道明寺付近一帯は、大坂城をうかがう徳川方と、それをはばむ豊臣方とが激しく戦う「道明寺合戦」の舞台となりました。
 秀頼に仕える薄田隼人正兼相は誉田八幡宮付近の誉田林に陣をかまえていましたが、奮戦の末に討ち死してしまいました。しかし、不利な状況の中で、その勇ましい戦いぶりは長く天下に名を残すことになりました。誉田7丁目にある誉田史跡公園は、その墓と供養塔(くようとう)を中心に整備をおこなったものです。

誉田史跡公園風景 誉田史跡公園風景

誉田史跡公園風景

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