誉田八幡宮
所在地:羽曳野市誉田3丁目
縁起(えんぎ)によると欽明天皇の命令で応神天皇陵の前に誉田宗廟(こんだそうびょう)の神殿を建立したことがはじまりで、後冷泉(ごれいぜい)天皇の永承(えいしょう)6年(1051)に社殿を現在の場所に移したとされています。
平安末期から鎌倉時代にかけて歴代天皇や将軍に守られて、社殿や伽藍(がらん)などが整備されました。やがて八幡信仰が盛んになるにつれて、源氏を名乗る武士の信仰を集めました。しかし、戦国時代になると再三の兵火に見舞われ、社殿や伽藍は焼失しました。現在の本殿や拝殿は、豊臣氏によって再建されたものと言われています。また護国寺(ごこくじ)も再建されましたが、明治初めの廃仏毀釈により取り壊され、唯一南大門(なんだいもん)だけが当時を偲しのぶ建物として残っています。
その他、八幡宮には源頼朝寄進の「塵地螺鈿金銅装神輿(ちりじらでんこんどうそうしんよ)」(国宝)や丸山古墳出土の「金銅装透彫鞍金具(こんどうそうすかしぼりくらかなぐ)」(国宝)など貴重なものが数多く収められています。
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更新日:2024年01月19日