長尾街道

更新日:2024年01月19日

 堺市北部から、松原市一津屋(ひとつや)、羽曳野市島泉、藤井寺市小山、沢田、 国府、柏原市国分を経て、二上山の北麓・田尻峠を越えて、奈良県葛城市の長尾神社付近に至る街道である。長尾街道の名は明治18年(1885)以降に使われたもので、江戸時代には大和街道、奈良道などと呼ばれていました。

 この街道の起源は、日本書紀の推古天皇21年(613年)の条に「難波より京(飛鳥)に至る大道(おおじ)を置く」と記されていた日本最古の官道である竹内街道の北に平行して整備され、 古くは大津道と呼ばれた。大津の名は、羽曳野市北宮にある式内大津神社に由来するといわれるが、大和川と石川の合流地点が大津と呼ばれたこともあり、その大津に至る道という意味で大津道と名付けられたとも言われています。

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