令和4年度 峯ヶ塚古墳発掘調査成果

更新日:2024年01月19日

調査成果

峯ヶ塚古墳の位置及び概要】
   峯ヶ塚古墳は一般の立入りが制限されている陵墓の多い古市古墳群にあって、古墳を間近に見ることができる数少ない前方後円墳の一つです。古墳の構造や当時の社会状況を理解する上で欠かせないことから、昭和49年4月に国の史跡に指定され、これまでに古墳整備に伴う継続した発掘調査で多くの成果を得ることができました。
   墳丘長96m、後円部直径56m、前方部幅74.4mを測り、二段に築かれ、くびれ部の北側にのみ造出しを設けます。墳丘の周囲には二重の濠がめぐります。

【令和3年度の調査】
   令和3年度の発掘範囲は、令和2年度の発掘範囲の西端と重なるように、墳丘前方部の北側に設定しました。
   令和2年度の発掘範囲から西側に約1.5mのところで、造出しが墳丘に向かって屈曲していることを確認しました。このまま前方部側面に接続するものと考えられます。
   墳丘の一部と造出しは後世に削平を受けており、堆積層からは、墳丘を崩した際に混入したと考えられる盛土の塊が所々で確認されました。
 令和元年度から令和3年度の調査成果から造出しの規模は約20mの長さになることが分かりました。
 古墳の周濠内からは古墳から転落した葺石、朝顔形埴輪、木製品、そして完存する長さ約90cmの円筒埴輪が出土しました。破片で見つかることが多いなかで全容が分かる状態で見つかったことは大変貴重な成果といえます。

【今年度の調査】

   今回の調査範囲は、木製品全体が確認できるように、令和3年度の調査範囲と重なるように墳丘前方部の北側に設定しました。調査範囲は南北約10m、東西約12mに設定しました。調査期間は令和4年11月14日~12月28日までを予定しています。
   調査の結果、この木製品は、「石見型木製品(木製はにわ)」であることが判明しました。残存長約352cm、残存幅約75cm、最大厚約8cmを測ります。この石見型木製品は、現在まで16基の古墳からでしか出土しておらず、大阪府内では初めての出土になります。今回の発見で17例目となりました。
   また、これまで出土した石見型木製品と比べても大きく「日本最大の木製のはにわ」となります。この石見型木製品は、その出土状況より、築造当初は、墳丘の要所に立てられていたと考えられます。出土位置から造出しと前方部の接続部分に立てられていた可能性が考えられます。
   この「石見型」と呼ばれる特有の形状は、「玉(ぎょく)杖(じょう)(権力者が持つ杖)をかたどったもの」や「幡(ばん)(旗)をかたどったもの」などと考えられており、その意味については「辟(へき)邪(じゃ)(邪気を払う・結界表示)」あるいは「権威の象徴」などと考えられています。また、古墳のすぐ北にある道(丹比道(竹内街道))は峯ヶ塚古墳が築造された当時には既にあったと思われ、道を意識して石見型木製品が立てられていた可能性も考えられます。                                  これまでは、峯ヶ塚古墳の墳丘上に円筒埴輪、朝顔形埴輪が立て並べられていたことは確認できていましたが、今回の調査で石見型木製品が出土したことにより、墳丘上に木製のはにわが立てられていたことが分かりました。今回の発見は古市古墳群における墳丘上面での葬送儀礼を考える上で重要な成果と言えます。

 

令和4年 峯ヶ塚古墳 現地見学会資料(Wordファイル:2.1MB)

 

 

峯ヶ塚古墳 調査区全景

石見型木製品出土状況

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