明教寺

更新日:2024年01月19日

所在地:羽曳野市島泉2丁目  

 寺伝によると推古天皇8年(600)、天皇の発願によって創建され鳳凰寺(ほうおうじ)と名付けられましたが、天平宝字(てんぴょうほうじ)8年(764)に、称徳天皇より高鷲山鳳凰堂明教寺(たかわしざんほうおうどうみょうきょうじ)の名前をさずかりました。はじめは天台宗に属し、鎌倉時代初期に 順徳(じゅんとく)天皇の皇子、彦成王が出家して「慶誉(けいよ)」と称しこの寺の住職になりましたが、親鸞に 帰依(きえ)して浄土真宗に改宗しました。その後戦国末期の戦いで本堂などが焼失しましたが、 天正(てんしょう)18年(1590)に豊臣秀吉により昔からの境内地を与えられ再建されました。現在は、山門、太鼓鐘楼(たいこしょうろう)、本堂、庫裏(くり)(台所)、玄関等が存在しています。

明教寺山門

明教寺山門

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